今日の1枚「若手と進駐軍」

停滞。
閉塞感。
組織が成熟してくると、大抵こんな言葉で組織は包まれるもの。
すると、「若手で組織に風を」なんて考えが出てくるわけだけど、意味無いよね。
だって、その若手はその上の先輩連中と必ず仕事上接することになるから、ダメな文化が形を変えて継承されるだけでしょ。
なので、組織の文化を変えようと思ったら、外部からの「進駐軍」が絶対必要になると思う。
戦後70年、今年は昭和館へ
去年の晩夏、僕は西新宿の平和祈念展示資料館を訪れた。
そこでは、シベリア抑留をはじめとした数々の資料や展示に、41歳にもかかわらず、改めて心を打たれた。
僕は去年、そのエントリでこんなことを書いた。
★★★★★★
よく、ビジネスを戦争になぞえる人がいる。
でも、本当だろうか。
仕事上では、どんなミスをやらかしても、99.9%命を取られることはない。
戦争は、本当に、「死ぬ」のだ。
「死」は、誰もが公平に、「いつか」訪れる。
でも、その「いつか」までを精一杯生きることが人生の醍醐味だ。
その醍醐味を味わえなかった、先人の労苦、それは一体どのようなものだったのだろうか。
★★★★★★
僕はこの秋に、少々生き方の路線を変えるかも知れない。
上にあるように、「死」は、誰もが公平に、「いつか」訪れる。
その「いつか」までを精一杯生きることが人生の醍醐味と僕は捉えている。
僕は、人生の醍醐味をストレートに味わいたい。
だから、醍醐味を味わう上で邪魔な灰汁やムダを省きたい。
そして、僕は、よりストレートに精一杯生きることができるであろう場に、この晩秋には行き着くだろう。
そんな自分の気持ちを確かめるために、今年は九段下にある昭和館に向かった。
息を呑む、戦中・戦後の展示の数々
平和祈念展示資料館同様、この昭和館も写真撮影は原則禁止だ。
この昭和館は、ザックリ言えば、戦中・戦後の「国民生活」、つまり戦場から離れて国内に残された家族の方々の日常生活に関する資料を中心に展示してある。
一見似たようなコンセプトの平和祈念展示資料館は、海外から引揚された方やシベリア抑留者の方当人に関する資料が多く、より戦中・戦後の過酷な状況を感じさせたものだったが、今回の昭和館の方はそうでもない。
とはいえ、過酷な生活を忍ばせる展示の数々に思わず息を呑んだ。
そんな中、こんなコピーのポスターが。
「頑張れ歳末 休むな新年」
「頑張れ歳末 休むな新年」。
これは、戦中の「学徒動員」とタイアップしたポスターのコピーなのだ。
ポスターにはでっかく「欠勤解消 米英撃滅」と書いてある。
恐らく、休まず働いて戦争に勝つために有用な物資を作れっていうキャンペーンなのだろう。
しかし、「頑張れ歳末 休むな新年」って、今で言う「ブラック企業」の社長がいうセリフみたいだね・・・。
日本という資源が無い小国がドデカイ米英に勝つという壮大なプランを実行するには、国自体がこういったブラック企業張りの気合が必要、だったわけだ。
戦争は結局、歴史通りの結果になったんだけど、企業がこのような「頑張れ歳末 休むな新年」を地で行くと、どのような結果になるのだろうか。
短期的には局地的には勝利するとは思うけど、やはり長期戦に持ち込まれると兵站等が重要になるので不利では・・・なんて考えるうちに、昭和館の展示の順路は終了した。
ということで、このような先の大戦に関する博物館を訪れる度に、気持ちがシャンとする。
こういう意味でも、僕、いや、僕らは、戦没者310万人の方々に生かされていると改めて思った次第だ。
重ねて、改めて、時期外れだろうけど、戦没者に哀悼の意を捧げたい。
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